お遍路ハウス33

8月 認知症カフェ台風10号で中止〜滑って転んで複雑骨折記①

2019年8月20日(火)

お遍路ハウス33コンシェルジュさくらです。

台風10号は予想ほどの甚大な影響を高知に与えることもなく過ぎて何よりでしたが、8月の認知症カフェは中止となりました。2016年11月のスタート以来初めてのクローズでした。

術後10日、朝刊で週刊誌の見出し広告を見て、認知症カフェ記録に代えて今月は私の個人的骨折記を警鐘のシェアとして記しておくことにしました(T . T)。

認知症になった義母のゴミ屋敷民泊ゲストハウスにして認知症カフェに場所を提供してはや3年、なんでも時代のちょっと先を体験しているのかもしれないと自分の経験について思うことが多々あります。50代にして転倒骨折もやはり少々早い経験ですが、この怖ろしい見出しを思えば母親世代に対して『足下気をつけてよ』と言ってる場合じゃあない!自分のことだわ、とリアルにその危険性を体験中なのです。

ホラーな骨折写真がありますので以下ご注意ください。

8月6日は骨折記念日、広島と共に個人的にも忘れられない日となりました。

小雨の中玄関先の濡れた枕木で滑って転んで転倒しました。履いていたのはペタンコのレインシューズなのに‥‥

記憶としてはまるでバナナの皮で滑ったかのようにツルンと空に舞い上がった感じ。右手肘に大きめのバッグをぶら下げていました。

『頭も、背中も、腰も、足も痛くない』

と嬉しく感じたのもつかの間。立ち上がろうとして目にした自分の右手が信じられない有様でした( ̄(工) ̄)

今自分が目にしたものが信じられなくて目をそらして立ち上がってとにかく自宅に入りました。

手首を抑えつつ、どうしよう‥‥その時点では痛みより考えていました。まず夫にメールと電話をしたものの当然仕事中で連絡とれず。お向かいの奥さんにLINE電話も繋がらず。

けれど数分後に奇跡的に夫から返信があり(虫の知らせか着信に気づいたとのこと)写メを送ると医療センターの救急にタクシーで行くようにと言われて向かいました。

夕方の出来事でしたが、センターでは親切に車椅子を勧められ救急に運ばれ、しばらく待つと整形のDr.の診察を受けられてレントゲン、CTと車椅子で又運ばれました。それから複雑骨折の診断後に右腕の脇から注射してのブロック麻酔を施されて(怖くて見ませんでしたが)手首の形を整えてギブスで固定されました。悲鳴が出たのは着ていた上着から腕を出さなくてはいけなくて引っ張られた時でした(涙)。麻酔後は痛みがなくなり、翌日の診察や3日後の手術まで痛み止めも必要ありませんでした(不思議)。

 

 

翌日の再診とレントゲンで手術決定。ギブスだけではうまく繋がらない複雑骨折なので手術でチタンを埋め込むと聞いてびっくり。チタンは死ぬまでそのままで良いらしいし、手術をすると早く手が使えるようになるのだとのこと。全治2ヶ月。ギブスの選択は無いなと理解しました。

そうして9日、長崎の日は手術記念日となりました。

骨折前日にしてもらったばかりのジェルネイルは手術のために落としにゆかなければなりませんでした(T . T)。手術にネイル除去はマストなのです。

今夜の高知市納涼花火大会はさぞや綺麗に花火が見られるだろうと思う快晴。ヘリポートと太平洋も見渡せる高知医療センターからの眺めです。

この時点では痛みもないので付き添ってくれた友人と談笑していました。けれどギブスの先から見えている指先は黒ずんで痺れも少しありました。

午後3時からの手術予定に備えて朝から水分のみ(コーヒーは可でよかった)、正午からは水も禁止。

紙製の手術着に着替えさせられて車椅子で手術室に向かいました。その時に入院に際して必要な上着の意味がわかりました。引っ張れば破れる紙製なので肌着な感じなのです。そしてもう1つマストだったのが病衣、術後に着て病室に戻ってくるとのこと。レンタルももちろん頼めますが私の場合は何と自前の病衣があったのです。

ご覧のようにお遍路ハウス33で見本として飾っている病衣を持参しました。ブログカテゴリーさくら’s selectで何度かご紹介したMihoさんのおしゃれ病衣をナースに預けました。

エレベーターで降りて手術フロアに入り、手術室に入って目にした光景は

『ドラマとおんなじ』

ちょっとハイになっていました。Dr.やナース、技師の方々の働く様子がドラマみたいに感じて多分非日常感でテンション上がってました。局所麻酔という手術としては珍しい体験で意識がはっきりしている私の感情はそれから2時間の手術中アップダウンで揺さぶられまくりでした。

②へ続く