お遍路ハウス33

光の種と居場所とボランティア

2018年12月31日(月)

お遍路ハウス33コンシェルジュさくらです。

2018年大晦日、8年間に渡った高知市中心、ひろめ市場徒歩1分cafe光の種でのボランティアライフを振り返りたいと思います。

2010年夏、オープンしたばかりの光の種オーナーであり高法寺住職玉城さんから

『ボランティアしてみませんか?週一回くらいでも』

と声をかけられて、『面白いかも?』と思って始めました。そして店での呼び名を尋ねられて『さくらでお願いします』と今に至る呼び名”さくら”がスタートしました。

学生時代、一番気に入っていたアルバイトはウェイトレスでした。就職して最初のOL生活は2年ちょっとで挫折。今でいう自律神経失調症。都落ち気分での離職、目指せ専業主婦!で結婚。約20年のブランクからの一歩が光の種でした。ボランティアという微妙な立場のお手伝いは心情的には『お金をもらうと責任が伴うプレッシャーがかかるからいらない』という自信の無さであり、『タイのジャングルで玉城さんが運営する孤児院を間接的にサポートできるのは素敵』というボランティア精神からでした。(明治学院大学社会福祉学科卒業なのです。)

初めの頃の記憶は5〜6時間の立ち仕事で足がしんどいというものと、暇な時間に『私はここに居てもいいのか?』という微妙な居心地感でした。週一程度の顔合わせでは全てのスタッフと気のおけない間柄にとはゆかないのです。そのうち庭のハーブや花を持って行ってテーブルやカフェのあちらこちらに飾るという”私のポジション?”をなんとなく確立してゆきました。

こんな感じで季節の花やハーブを持参。無農薬なので料理のアクセントに使ってもらえることが嬉しくなってきました。時にはミックスハーブティーを入れてスタッフの一服に用意して喜んでもらいました。

ご褒美はマイスイーツタイム❤️。スイーツ担当のマイちゃんのお豆腐ティラミスは絶品で(乳製品フリー!)特に私のお気に入りでした。レシピを教えてもらってハマりきって1年以上自宅で作りました(笑)。

8年のあいだには記憶に残るスタッフの女性や常連さんたちも両手の指では足りません。様々な個性を体験する場所でもありました。光の種で出会ってゴールインのカップルは何と4組❤️。途中経過を見せてもらえて韓ドラ歴10年のさくらとしては『人生はみんなドラマだわ』とリアルに感じました。

忘れられない出会いと別れもありました。

2010年に光の種で出会って2014年秋に逝ってしまったゆいさん。カモワンタロット、シンボリックリーディング、占星術、数秘、オーラソーマ、私のスピリアルライフに至る道をサポートしてくれる存在でした。タイの子供達のことを思い、光の種に共鳴してサポートしてくれていました。光の種は魂の繋がりを疑わない存在に出会えた場所でもあるのです。そんな出会いに恵まれたのはきっと私だけではなかったのではと思っています。

光の種の二階には自己啓発系、スピ本もいっぱいでした。クローズのクリスマスイブ🎄、25歳の時に私の意識を変えたシャーリーマクレーンがこちらを見ていました(笑)。

光の種に引き寄せられたのは偶然ではなかったのだと思います。

最後の酵素玄米ランチ。

光の種は丁寧、手作り、無添加、愛情たっぷりのメニューたちでした。ボランティアという立ち位置はお客目線でもあると自負していたのでそのように言えるのです。

諸行無常、すべては移ろいゆくのだから、光の種で出会えて良かった。人生の一時期帰属できる場所に恵まれて良かった。娘のような女性たちとも仲良くできて楽しかった。息子しかいないので余計に(o^^o)

素敵なプレゼントもありがとう。

終わり良ければすべて良し、

おっと忘れてはならないのは、光の種もう一人のオーナー園さんからAirbnbを教えてもらってお遍路ハウス33ができたことです。

8年前に半歩社会へ再び踏み出したことが今に繋がっているのです。8年前には思いもよらない立ち位置です。

人生はミラクル!

与えたものは与えられる

それが真実。

ゴミ屋敷から女性専用ゲストハウスお遍路ハウス33へと変容を遂げられたのも光の種のマジックだったのかもと平成最後の紅白の欅坂46を聴きながら(不協和音、エキセントリック、サイレントマジョリティはドツボでの応援歌でした)思います。

チャンスがあればボランティアお勧めします。お金ではないエネルギー交換なのだと体感しました。

ありがとう光の種

愛を込めて❤️