お遍路ハウス33コンシェルジュさくらです。
術後10日でブログの文字を打てるまで指先が回復するとは驚きでした。
それほど術後の痛みと指や腕の不自由度は想像を越えていました。
日頃ナチュラル志向のライフスタイルを自認していても今回ばかりは西洋医学を体験せざる終えませんでしたが、そのありがたさを実感しました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)。
さて、ドラマのような手術室での出来事の続きです。
局所麻酔は骨折時にギブスで固定した時と同じだとのことでしたので、徐々に親指からピリピリ感が小指まで全部の指に広がってゆく感覚もまあ同じ。違うのは効いた後に切ってもしかして痛ければどうしよう!な気持ち。実際『痛みを感じたら言ってくださいね』なんて言われても‥‥肩から先は見えないようにカーテンで遮られ、左手には点滴。上を向いて磔状態。もう始まっているのかと思いきやDr.の手術についてのアナウンスがあり『これからなんだ』と緊張。痛みは感じなかったのでそれからは目を閉じて色々な感情を体験することになりました。
忘れがたいのは2009年夏に訪れたイタリアのアッシジの大聖堂と聖堂内のジオットの青いフレスコ画のイメージが浮かんだ途端に、
『ああ今手を握ってほしい、抱きしめて欲しい』
という気持ちに強烈に襲われて涙が目尻からツーツー流れ始めたことでした。
ちょっと前には『ドラマみたいだ〜』と変に興奮して笑いをこらえていたのに今度は涙が止まらない。
(10年前の夏、48歳で乳がんで逝った姉を見送った直後に訪れたアッシジの大聖堂正面のホテルのベランダから撮影するとオーブだらけの写真で驚きました。まさに聖地。)
手術台で涙を流しながらこの気持ちは何だろう?私だけ?と思いは巡り、後で手術体験者の友達にも聞いてみなくちゃ、死にゆく人は皆もしかして手を握って欲しい、抱きしめて欲しいと思うのかもしれない、そうだ、きっとそうに違いない‥‥マザーの死を待つ人の家のイメージまで浮かんできました。震災や津波で亡くなっていった人びともきっと、先月亡くなった従姉妹も、ちゃんと手を握ってあげれば良かったのに‥‥それは強烈な身体で感じる願いでした。
術後にこの話をすると、全身麻酔はすぐ眠るから(笑)。
もしかすると手術台に横たわった人々の無意識をキャッチしただけだったのかもしれませんね。
退院後、読みかけていたステージ4の末期癌から臨死体験を経て生還したアニータの二冊目の著書で
『痛みは必ず贈り物を伴います』
『何にも増して、痛みは喪失感や悲嘆、苦悩を経験している人たちをもっと理解したいという共感を私たちに与えてくれます』
という言葉に出会って染み入りました。
術後の朝、一階コンビニにコーヒーを買いにいった帰り、ベンチで俯いてカートに突っ伏しているお年寄りに”声をかけたい”という気持ちが自然に湧いてきました。
これからは個人的に足元注意も呼びかけずにはいられません(笑)
術後起き上がって病衣を着るときに物体化してあらぬ方向へ動いてしまう自分の腕に戸惑いました。結局紙の手術着の上におしゃれ病衣を着て病室に戻りました。紙なので病衣を着たままでも後で破って脱がせることができるのです。手術室で裸にならずにすんでホッとしました。
翌朝Dr.チェック後退院。もうギブス不要です。病衣のしっかりした綿素材の着心地は診察時にはだけることもなくGOOD。さくら’select間違いないお勧め病衣です。
高知医療センターのロビーのオブジェ。帰り際に初めてその存在に気づきました♡。
チタンの違和感と痛みは骨折時の比ではなかったけれども
ギブス不要の手術効果と回復のスピード感は驚きです。
聖屋の聖子ちゃんに玄米弁当を届けてもらい
猫と自宅療養
お見舞いに来てくれた友達のお勧めソン・シギョンのEverythingに涙して、お花に癒されて
♡ありがたい♡
病院でお世話くださった方々、親切に助けてくれたり励ましてくれたりの友人たち、仕事に家事にとひたすら優しい夫に感謝〜非常事態時の夫の在り方で老後が決まると思います(笑)。痛み以外は全てありがたいことだけでした。
新月の誕生日から21日目、
世界は優しく親切
そういう風に感じる自分が嬉しいかも。
(パピルスの生命の樹)
長々と骨折記お読みくださりありがとうございました♡。